突然いくつかのブログをひとつに纏めよう、と決めて、昨日実行した。それはそれで、とても良かったと思うのだけれど、例えば読書の話などは、今年に入ってから読んだ本のことを1冊ずつ丁寧に書いてきた。それが全部無くなってしまうのも、勿体無い気がする。
そんな意味もあって、少し遡って、このブログに移す記事も書こうと思っている。全く同じ内容をコピー&ペーストするのではなく、少し書き直すつもりである。本に関しては、今月に入って書いたものをひとつずつ記事にする。それ以前のものは、既に書きかけているように、10冊ずつ列挙したいと思っている。
鎌倉の旅行記も、遡って記事にしておきたい。鎌倉だけでなく、横浜に引っ越して、出かけたところの記事はこのブログに移して、残しておくことにしたい。名古屋のことも、ひとつの記事にまとめておこうと思う。
昨日とりあえず作ってみたブログであるが、まだまだ右側のメニューなど、手を加えておきたいところも残っている。それは、GW中には何とか整えたいと思う。それにしても、実際の引っ越しと同じように、後片づけには、少々時間がかかるようだ。
昨日もこの本のことは、書いたのだけど、最後まで読み終えて、とても良い本だったと思う。毎日をていねいに生きて、日々新鮮でみずみずしい心を保つヒントが、この本には書かれている。それは、松浦弥太郎さんのやり方であって、それをそのまま真似ても、決して自分のやり方にはならないだろう。自分自身のやり方は、自分で見つける必要があると思う。そんな気持ちになれる、とても良い本だった。
(51冊目/2009年)
週の中休み、3回目の鎌倉。雑貨本で見た「
TUZURU」に行ってみた。鎌倉駅の西口(江ノ電方面)を出て、銭洗弁天に行く途中にある小さな雑貨屋さんである。店の名が、「綴る」なのだから、ペンやノートなどのステーショナリー中心のお店だった。ラミーのスケルトンが欲しいと思ったけれど、ここでしか手に入らない物ではなかったので、結局何も買わなかった。
せっかくだから、銭洗弁天に行ってみた。源頼朝が発見したとされる「銭洗水」で、小さなざるに入れたお金を洗うと、10倍にも100倍にもなると言われている。不景気だからかも知れないが、人出がとても多かった。写真のようなトンネルを抜けると、神社がある。山と山に囲まれたような神社で、「銭洗水」もこのトンネルを抜けた向こう側にある岩の中に湧いている。
お昼ご飯は、「
TUZURU」の向かいにあったイタリアンレストランで食べることにした。どうやらつい最近開店したお店のようだった。スープとメインディッシュとパンのランチがちょうど1,000円とリーズナブルな値段である。グラスワインを注文して、ゆったりとしたランチを楽しんだ。交通費は、往復で300円くらいで、手軽にちょっとした旅を楽しめる。GW後半もまた鎌倉に出かけてしまいそうだ。
この後も鶴岡八幡宮まで足を延ばして、ちょっとした散策を楽しんだ。小町通りでビールを飲んだりして、家に帰って来たのは午後5時過ぎのこと。家を出たのがお昼少し前のことだから、約5時間の小旅行だった。
このブログのサブタイトルは、松浦弥太郎さんの『今日もていねいに。』という本の受け売り。松浦弥太郎さんは、『暮らしの手帖』の編集長をされていて、中目黒に「
COW BOOKS」という本屋さんを経営されている方。実は、『今日もていねいに。』を読んで、初めて知ったことで、中目黒にお洒落な本屋さんがあって、入ったこともあったのだけど、ずっと繋がっていなかった。
で、「ていねいに」という意味なのだけど、松浦弥太郎さんがこの本の冒頭で書かれていることがそれなんだろうと思う。つまり、子供の頃は「どうして?」と尋ねることが多いのに、大人になると、出来事について「だいたいこんなもんだろう」とか「また同じパターンだ」と受け流すようになってしまう。こういうことを続けていると、心がひからびてカチカチになってしまう。目に見えない部分をういういしく保ち、いつも新鮮であるために、小さな出来事に対して「どうして?」と好奇心を持つことを、松浦弥太郎さんは「ていねい」な生き方だと主張されているのだと思う。
僕がデジカメでいろんな写真を撮るようになって、ひとつの驚きがあった。それまで見えなかった物が、見えるようになったことだ。心霊現象が見えるようになったわけでなく、例えばこの写真のような、路傍に咲く小さなスミレを、見つけることができるようになったのだ。
今の時代は、何だか忙し過ぎて、がさつな生き方になってしまいがちだと思う。そうではなく、いろんな物を見る余裕があり、足早に通り過ぎるのではなく、ふと立ち止まって考えることができる「ていねい」な生き方をしたいと思う。そういう意味では、このブログも、ていねいに生きるための補完的な手段のように思えるから、「ていねい」をサブタイトルにしてみたわけである。
松浦弥太郎さんの『今日もていねいに。』は、まだ読んでいる途中だから、本の話はまた後で読み終えてから、書くことにしたい。とりあえず、このブログを始めるにあたって、サブタイトルを付けた意味について、書いてみた。
それから…僕が4年間暮らした名古屋を旅立ってから、約1か月過ぎようとしている。
新しい職場にも、新しい住まいとその周辺にも、そして新しい住まいと職場の往復の通勤にも、ようやく慣れてきた。生活のリズムも、少し変わった。名古屋では、早朝に起きてブログの更新をしたり、ネットをしたり、本を読んだりしていた。仕事から帰って来る時間は、比較的早くて、夜10時頃には寝るのが普通になっていた。こちらへ来てからは、帰りが少し遅くなった。仕事はまだまだのような気がするが、通勤時間が少し長くなり、寝る時刻が遅くなった。そのため、朝起きる時刻が1時間は遅くなった。
名古屋の時は、朝いろいろなことができる時間があって、ブログもいくつか書いていた。それだけの時間があった。こちらに来てから、ひとつのブログを更新できても、他のブログの更新まで、手が回らなくなってきた。ブログの記事をふたつ書くのも、ふたつのブログにひとつずつ記事を書くのも変わらない気はする。でも、やっぱり、気分的に違うし、ひとつのブログしか更新できないのと、ひとつだけのブログに、記事をひとつしか書けないのとでは、気分的に少し違う気がするのだ。
だから、僕が書いてきたブログを、ひとつにまとめることにした。実は、もっと前からそうしようと思っていて、ある程度構想は練っていたのだけど、タイトルだけが決まらなかった。読んだ本のことや、散策した山や町のことや、写真のことや、文房具のことなど、僕が興味を持っているいろんなことを、ひとまとめにしようと思った。内容は、ほんとうに、いろいろなことになるだろう。だからこそ、タイトルを付けるのが、難しかった。
今朝、ふと思いついたのが、このタイトルだった。夏目漱石の小説と同じである。何故かふと心に浮かんだ言葉だった。余韻があるところが良いと思った。ずっと続いているような気になるところと、シンプルで、ひらがなだからやさしい感じがするところも良い。
今朝、こちらに来てから珍しく、朝4時前に目を覚ました。それから、2時間くらい経って、このタイトルを思い付き、新しいブログを立ち上げるのに、約1時間くらいはかかった。これから、どうなって行くのか、どうして行こうとしているのか、自分自身も良くわからないけれど、ずっと続けて行けたら良いと思っている。
『Presents』角田光代(41冊目)
松尾たいこさんの挿絵も素敵で、とても綺麗な本。そして、素敵なプレゼントの話。
『アヒルと鴨のコインロッカー』伊坂幸太郎(42冊目)
物語の展開が非常に面白い小説。最後のどんでん返しも面白い。
『しあわせのねだん』角田光代(43冊目)
いろいろなものの値段と生活にまつわるエピソード話を集めたエッセイ集。
『学校の青空』角田美代(44冊目)
学校をテーマにした4つの短編小説。答えの無い話ばかりの気がするが、学校とはそんなところかも。
『夢をつかむ方法』ジェフ・ケラー(45冊目)
とてもシンプルな方法なのだけど、ずっと続けることが難しい。夢をつかむのは大変なのかも。
『デジカメ散策のすすめ』柳生真吾(46冊目)
とても楽しく読めた本。テクニックに走っていない写真術の本。
『人は「話し方」で9割変わる』福田健(47冊目)
相手の話すことをきちんと聞き、相手の立場に立った話をすることが秘訣だと思う。
『グラスホッパー』伊坂幸太郎(48冊目)
3人の殺し屋が交錯する話。殺しのシーンが結構重たいけれど、相変わらず面白い。
『鴨川ホルモー』万城目学(49冊目)
理屈抜きで面白い小説。奇想天外な和式ファンタジー、ちょっと恋愛小説っぽいところも。
『100回泣くこと』中村航(50冊目)
大切な人との別れをテーマとした小説の中では、一番良かった気がする。
テーマはごく一般的で、人が必ず直面しなくてはならない、大切な人との別れ。こういうテーマで小説を書くことは、小説家としてのリスクがあると思えるテーマなのだけど、読み終えたら中村航さんという作家の魅力が増した気がした。本の帯にあるようには、僕は号泣はしなかった。ただ、何だかいつまでも心に残るものはありそうな気がした。そんな良い小説だったと思う。
(50冊目/2009年)
面白そうな映画になって、既に上映が始まっていたので、あわててストックしておいた本を引っ張り出して、読んだ。著者の万城目学さんの本は、『ザ・万歩計』というエッセイ集を読んでいる。とても面白いエッセイだったので、小説の方も読んでみようと、この本を買ってみたのだった。「オニ」と呼んでいる式神を操って戦う競技「ホルモー」の話で、日本式ファンタジー、ちょっとしたラブストーリーである。
(49冊目/2009年)
3人の主人公が登場し、3つの話がそれぞれ並行して進んで行き、だんだん交錯してくるという手法の小説。3人の殺し屋が絡む話で、殺しのシーンがややグロテスクな感じを受ける。だが、最後のどんでん返しがとても面白い。いつもそうなんだけど、伊坂幸太郎さんの小説は最後に行くほど引き込まれて行く。最初は、物語の理解に集中していて、そのうちどんどん面白くなって行く感じである。
(48冊目/2009年)
引っ越しはしたものの、後片づけができていないにも関わらず、良いお天気につられて、こちらへやって来て初めて鎌倉を散歩することになった。片づけを途中で放り出して、お昼を鎌倉で食べようと思っていたので、着いてすぐに鎌倉駅近くのお蕎麦屋さんへ。しらす丼と蕎麦のセットを注文。
腹ごしらえが終わったら、さっそく鎌倉駅からスタート。鶴岡八幡宮に行き、鎌倉駅に引き返して来るコースにした。まずは、小町通りを歩き、帰りは若宮大路を歩くことにした。
小町通りは、相変わらず大勢の人出。コロッケ屋さんとか、手焼きせんべいの店などに大勢の人が行列を作っていた。思わず手焼きせんべいを購入したりして、ぶらぶらと鎌倉の散歩を楽しんだ。
ソメイヨシノは、さすがにもうほとんど散っていたものの、遅咲きの桜は花盛りだったから、人出が多いのも納得できる。もう少し早く来られたら、人出はもっとすごかっただろうけど、桜が綺麗だったに違いないと思う。
鎌倉と言えば、大仏やあじさい寺なのかも知れないけれど、僕の中では鶴岡八幡宮のイメージも強い。初の鎌倉散歩の目的地は、そんなわけで、鶴岡八幡宮にした。せっかくだから、お参りもした。
それにしても、とても良いお天気で、空が綺麗だった。陽射しが強く、初夏の気温で、歩いていると汗ばんでしまうくらいだった。半袖のシャツで良いくらいの暖かさで、もう夏になったのかと思えるくらいだった。
ヤマザクラだろうか、遅咲きのちょっと白めの桜の花が満開だった。ソメイヨシノの時期に来られなかったのが、とても残念に思えた。来年の春は、人出を覚悟して、出かけて来ようと誓った。
最後は、鳩サブレーの豊島屋で買い物。お世話になった人達へ、お礼の気持ちで、鳩サブレーを送ることにした。お客さんが大勢居て、びっくりした。それくらい、鎌倉のお菓子と言うと、鳩サブレーなのだろう。
(鎌倉散歩:1回目)