
『やさぐれるには、まだ早い!』豊島ミホ
2006年11月から2009年3月に「L25」という無料で配っている雑誌に掲載されたエッセイを加筆修正したもの。著者の豊島ミホさんは、今は筆を置いている作家である。文庫本化はまだ続いているけれど、新しい本という意味ではこの本以降に新しい本は出ていないのである。
あとがきに書かれていることが、印象に残っている。「L25」という雑誌は、仕事の合間のお昼休みに捲ってみたり、会社の帰りの電車の中で読んだりすることを、著者は想像している。「疲れたひとが読みたくないような文章は、なるべく書かない」という気遣いを持ちながら、書かれたエッセイなのである。そのせいか、通勤電車の往復で読んだ僕は、いつもよりサラサラとこの本を読み、男性と女性という違いはあるものの、とても身近な親近感のようなものを感じたのだ。
豊島ミホさんの小説を読んでいても、何だかとても懐かしい青臭さを感じることがある。僕がかなり昔に通過してきた時代に抱いていた思いと、少し同じ臭いがするのである。もちろん、女性と男性の違いはあるだろうけど、そういう違いも感じさせないような同じ臭いを感じるのである。
豊島ミホさんの本は、これまで4冊読んでいて、これが5冊目。あと1冊は積ん読本として、待機している。出版された本は全部読んでみたい、そう思っている作家のひとりである。でも、ゆっくり読もうと思っている。新しい本が出版されないので、早く読んだら次に読む本がなくなってしまうからだ。『やさぐれるには、まだ早い!
』の最後の頁に豊島ミホさんのブログのURLが書かれていた。さっそくアクセスしてみたら、どうやら最近同人誌に中編小説を書き下ろしたようだ。本人はまだお休み中と言っているけれど、ブログ(雑記帖としま)は更新されているし、最近リニューアルされたばかりのようだし、これは新しい本も期待できるんじゃないかと思うから、ちょっと期待している。
(130冊目/2011年)
エッセイ, 豊島ミホ

amazonから届いた本(2011年8月5日)
昨夜は奥さんからのリクエストがあり、帰りに茅ヶ崎駅近くのお好み焼き屋さんで、軽く飲んで帰った。amazonで注文していた本が届く予定だったけど、帰って来た時にはまだ届いていないようだった。朝注文したばかりだから、遅くなるのも無理はない。タイミングが良くて、帰って少ししてチャイムが鳴った。

amazonから届いた本(2011年8月5日)
まだまだ本のストックが沢山あるから、本当は注文する気がなかった。でも、1冊だけ早く読みたい本があったのと、豊島ミホさんの『東京・地震・たんぽぽ
』がとても良かったので、他の本も読みたくなったから、カートへ入れてしまった感じだ。
出版されて時間が経った本は、大きな本屋さんでも見つけにくい。そんな時は、amazonで注文するのが一番だと思う。

amazonから届いた本(2011年8月5日)
それで一番欲しかった本は、残念ながら在庫の関係か即日配達とはならず、残りの本が届いた。一番欲しかった本は、『人生がスッキリする モノ・時間・人間関係の整理術
』という整理術の本である。読んでも読んでもすっきり実現できない整理だけど、こうなったらもっともっと本を読んで、実行しようというのが狙い(のつもり)である。
amazonというのは、商売上手なので、ついでに出てきた『すっきり暮らす コツと習慣―金子由紀子さん流きょうから始める心地いい生活のすすめ
』や『ドイツ流 掃除の賢人―世界一きれい好きな国に学ぶ
』までもカートに入れてしまった。
残りは豊島ミホさんの『青空チェリー
』と『日傘のお兄さん
』、角田光代さんの『夜かかる虹
』と『菊葉荘の幽霊たち
』。まだ届いていないものも含め、トータルで7冊約5,000円の買い物だった。安いと思うか、高いと思うかは人それぞれだけど、僕の場合1回飲みに行く分でこれだけ買えると考えるようになった。7冊もあれば、約半月は持つからである。
小説, 整理術, 本, 角田光代, 読書, 豊島ミホ

『東京・地震・たんぽぽ』豊島ミホ
この本を買ったのは、あの地震以前だったか、後だったか覚えていない。多分後だったと思うけれど、この本で描かれているような状況が、東北地方で起こった。東京でも、電車が全面的にストップし、帰宅難民が大量に出てしまった。『東京・地震・たんぽぽ
』は、東京で大地震が起こり、とんでもない災害が発生している状況下での短い物語を集めたものだ。14の短編小説から構成されるが、それぞれの短編小説が相互に関連性を持っているものもある。少なくとも一度ざっと読んで、繋がっていると思われる短編がいくつかあることに気付いた。
「パーティにしようぜ」という短編の冒頭の文章が、いいなと思った。「人はかなしみだけでは生きていけない。いや、意外と、泣いてても怒っててもそれなりにエネルギーは溜まっていったりするんだけれど、その中にちょこっとでも楽しいことやきれいなことが混じっていなければダメだ。マイナスだけだとすり切れてしまう。」こういう文章である。
「いのりのはじまり」では、東京の地震で恋人をなくした主人公が最後に気付く。「あたしは優基に向かって泣いてるんじゃなかった。恋人に死なれたかわいそうなあたしに向かって、えんえんと泣いているのだった。」と。
こういうところが、僕が豊島ミホさんの小説やエッセイに惹かれている理由だと思う。とても短い短編が沢山収録されているこの本は、その数だけ面白い本だったと思う。そうそう、タイトルの「たんぽぽ」は全ての短編に出てくるわけじゃなく、いくつかに出てくる。何を指しているんだろうと思っていたのだけれど、きっと地震の後も健気に、そして逞しく花を咲かせている強さみたいなものを指していたのだと思う。
(83冊目/2011年)
小説, 読書, 豊島ミホ

『檸檬のころ』豊島ミホ
引っ越し前から読み始めていた豊島ミホさんの『檸檬のころ
』を、やっと読み終えた。この本が読みにくかったわけではなく、やはり引っ越し前後のバタバタと、引っ越し後の慣れない通勤の往復など、本を読むにはちょっと適していなかった時期だったということだろう。心にある程度余裕がないと、なかなか本は読めないものだなと、実感した1週間だった。
さて、本の内容そのものだけど、とても懐かしくなるような物語ばかりだった。中高生の頃の自分を、知らず知らずのうちに思い出そうとしつつ、読んだ本である。短編小説の連作集という形だけど、登場する主人公と主人公を取り巻く人達は、ごく普通の高校生だったり、若者だったりする。解説にもあったが、ごく普通を描いている小説なんだと思う。それ故に、とても懐かしいと思う気持ちで、読み進めている自分に気付くのだ。
思い出すと、ちょっと酸っぱい経験がいくつもあることに気付く。まさに中学から高校、大学生くらいは、「檸檬のころ」なんだろうと思った。もうかれこれ、ずいぶん歳月が経っている僕にとっては、酸っぱさも飛んでしまっている。だんだん柔らかい思い出になって行くのは、ある面良いことだと思う。
(46冊目/2011年)
小説, 本, 豊島ミホ

『神田川デイズ』豊島ミホ
初めて読む豊島ミホさんの小説。今月の新刊のうちの1冊として、平積みされているのを何度か目にして、何だかとても気になったので、買ってみた本。初めて読む作家の本の場合、読みながら他の本も読みたいと思うかどうか、そう自問自答するのが癖になっている。『神田川デイズ
』を読み始めた時には、相性が良くないのかなと思っていた。読む文章がなかなか頭に入らなかったからだ。ところが、読み進めていくと、「あれっ」と思うくらい集中して読んでいる部分があった。何だかよくわからなくなった。
これって何だろう、結局他の本も読んでみたいのかどうか、そんなことを思いながら結局最初思っていたのと違って、一気に読んでしまった。そう言えば青春小説なんて、ほとんど読んでいないなあと思った。自分自身の大学生活の記憶を辿りながら、読んでいた気がする。何だかとても不安定で、ふわふわした大学時代。何を求めているのか、自分でも良く分からないまま、流されてしまった時代かも知れない。そんなコンプレックスがあって、頭の中がごちゃごちゃになるからこの本を読み始めた時には、一種の抵抗感があったのではないか、そんな気がしていた。このことは豊島ミホさん自身が書かれたあとがきで明らかになった気がする。そして三崎亜紀さんが書かれた解説で、より明確なものとなった気がする。
(23冊目/2011年)
小説, 本, 読書, 豊島ミホ